読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

饒舌なる★指先

生存報告

映画『少女椿』を観た、ちょっと前に。


久しぶりに映画館で映画を観てきたんだ、この間。
それが『少女椿』と『眼球の夢』。
元町映画館というかなり小さめの映画館で観たのだが、まず元町映画館すごくよかった。たぶんこれからは時々行くと思う。

少女椿』感想
※ネタバレ含む!※やや原作厨!

原作のあのどぎついエログロが好きなんや!っていう人には物足りないかも。(大人の事情?)
全体的にポップ。
映画版での脚色としては、時代背景は昭和90年とか100年とかなんかそういうので、衣装とかも昭和アングラに平成サブカルを結構な、かなりの、相当な、割合で足した感じ。こういうの自体はめっちゃ好きだけど、これは少女椿の世界観として妥当か?と問えば何とも。

観る前から気になってたカナブンのあの「ゆめかわ感」。衣装のみならず総合してゆるふわなカナブンだった。
喋り方が可愛らしい、というか色っぽい。エッ。可愛いけど!カナブンじゃない…。見た目は美少女なのに言動が完全に粗野で乱暴な男の子(媚びた色気などは皆無)なのがよさというかむしろそこがカナブンのエロさだと思ってたんだけど、それは私と監督との解釈違いだったのか、な。
そして、たとえば前半のカナブンが強気であればあるほど売り飛ばされた時に出る弱っちさが引き立ったのでは?とも思うのね。そして他キャラのビジュアル再現度がまあまあ高いのでやっぱりカナブン浮いてたな…と思った。

他の赤猫座メンバーは私は概ね好き。原作で鞭棄がみどりに謝るシーンが大好きなんだけど、そこがちゃんとあったので心の中でガッツポーズした。

全編を通して中村里砂さん可愛いなぁ…ってずっと思いながら観てた。
たぶんデフォルトのみどりはアイライン引いてなくて(それでも中村里砂さんのもともとの目がめっちゃ大きいのでかなりの目力はある)、女優になる空想の中のみどりと女優になってからのみどりはアイライン引いてた。
親友が原作『少女椿』について、「みどりちゃんが少女から女になっていくのがすごく良い」みたいなことを言ってたのがずっと記憶に残っているのだけれど、それに通ずる部分があるヘアメイクのこだわりなのでは?と解釈すると、よいなぁと思った。

それから特筆すべきはワンダー正光で。ビジュアル的には若すぎない?格好よすぎない?中年男の気持ち悪さ皆無だよね?って思ってたんだけど、まあ実際原作のおぢさんよりは随分と爽やか(だし、みどりと背丈変わらないし)だ。
しかし!ちゃんと演技で気持ち悪さ醜さが出てる。風間俊介さんすごいな、いや、すごいな。
原作の見世物小屋を映画ではサーカス団としている分(これは大人の事情)、赤猫座の様子をネッチョリと描くわけにもいかないので、映画版はみどりとワンダー正光の話が物語の後半の軸みたいな感じになってるのね。
だからエピソードとしてワンダー正光の過去とか嫉妬とか純粋にみどりちゃんを喜ばせてあげたいという感情とかが描かれているのが多いというのもあるんだけど、カザシュンの表現力で余計に情が湧いてしまって。
最後らへんすごく遣る瀬無くてちょっとだけホロッとしてしまったやないかい!してやられたわ!

原作のあのワーーーー!って訳わかんないままワーーーー!って終わる感じ好きなんだけど、そんな感じはなかったのがちょっと物足りなかった、かな、でもまあ映像でそれやっちゃうと破綻するんだろうなあ…とも思った。


あとは、丸尾末広作品好きにとっては生温いとはいえ一般的に考えたらエグいシーンは数々あるのだけれど、意外にもいちばんゾッとしたのはみどりが動かない母親に普通に話しかけ続けるシーンだった。何にもグロくないのに静かにゾッとする感じ。

鳥居みゆきィィイ!ってなったり、今のDevilくんだよね?ってなったり、観てる間は結構テンション上がった、かな。でもそれって映画という総合芸術であるところの1つの作品としては、そこに気を取られてしまうのはマイナスなんじゃないかな、とも思うけども。
赤猫座の移動手段とかみどりの母親が振袖着てたりとか細かいツッコミどころはいろいろあるんだけど面白かったか?と聞かれたら面白かった、と、思う。原作とは別物とはいえ『少女椿』だからねえ。

褒めてんだかdisってんだか分からないけど私自身「ここよかったなー!」と「ここはどうなんだ…?」が交互にくる感じだったので以上のが素直な感想でござる。

 

『眼球の夢』についてはまた次に。